吉水法子の貼り絵の部屋 5

フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』によせて
吉水法子

めまぐるしく展開する時間の変化に追われて筋を追うのが精一杯。読み終わったものの最後までその世界に馴染めず、おぼろげな絵のイメージは掴んだのもののなんだかモヤモヤ・・

不思議なことですが、二度目に読んだときは、トムが月の光に浮かぶイチイ木の枝をかきわけるように、お話の中にどんどん入り込んでいきました。そこには少女時代も、成長しても魅力的なハティがいつも待っていたような気がします。

「かわらないものなんて、なにひとつないものね。わたしたちの思い出のほかには。」 “吉水法子の貼り絵の部屋 5” の続きを読む

「ユーラシア放浪 ⑤」

旧ユーゴスラヴィア 
畔上 明

「オリエント急行」に揺られて16時間、ハンガリーから東南東のルーマニアへとやって来たのは1976年5月4日の昼、横浜港出航からは40日目のことでした。そして首都ブカレストに7日間、ブルガリアの首都ソフィアに6日間滞在、5月16日にはソフィアから「イスタンブール急行」でユーゴスラヴィアへと入国しました。 “「ユーラシア放浪 ⑤」” の続きを読む

PHOTO 閑谷学校

片山通夫

「閑谷(しずたに)学校」は、岡山藩の名君・池田光政公が庶民も学べる場所として1670年に閑谷村に開設した学校で、「世界初の庶民のための学校」といわれている。庶民の学校だからと、寺子屋などをイメージすると吃驚する。壮麗な建物は隅々まで考え抜かれて造られており、実に行き届いた教育制度がしかれていたという。この学校のことを調べるにつけ感じ入るばかりで、昔撮った写真をまた引っ張り出してみた。
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「ムーザサロン」のこと

「百」という数には、なにかこう、99までとは違った重みがありますね。「百人力」とか「百戦錬磨」と言えば力強いし、「百薬の長」といえばいかにも身体によさそうだし(笑)、「名を百代に残す」のはなかなか出来ることではありません。(もっとも、最近はちょくちょく「百条委員会」なんていうのも耳にしますが……。)
なぜこんなことを書くかと言えば、「ムーザサロン」が先日めでたく百回目を迎えたからです。 “「ムーザサロン」のこと” の続きを読む

チェーホフの言葉 第1回

チェーホフの連載を始めるにあたって

渡辺聡子

この度、ふえさんの大きな木の家に招んでいただき、嬉しく思っています。
私は長年チェーホフを愛読してきましたが、歳を重ねることや、何かの体験をきっかけに、あらためてチェーホフの作品や生き方の奥深さを知ることがあります。そのことをここでお話しできたらと思っています。初回は長くなってしまいましたが、どうぞよろしくお付き合いください。  “チェーホフの言葉 第1回” の続きを読む

バーネット作『秘密の花園』

大人が読む少年少女世界文学全集 第4
狩野香苗

◆まったく読んでいないのに、読んだ気になっている本
いままでここで取り上げた3冊の本には、それぞれ自分なりのこだわりがある本だった。
飛ぶ教室』は夢中で読んだのに60年たって内容をすっかり忘れてしまった本『十五少年漂流記』は読書の喜びに目覚めて何度も繰り返し読んだ本
あしながおじさん』は本より舞台の印象ばかり残っている本
いずれも抄訳でなく完訳をしっかり読んだし、子ども心に大きな印象と影響を与えてくれた、忘れられない本だった。

ところが、今回のバーネッ(Frances Eliza Hodgson Burnett, 1849年1924年)作『秘密の花園The Secret Garden)』は、まったく読んだことがないのに、すっかり読んだ気になっているという、ちょっと問題のある本なのだ。
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十二支の話 

桑山ひろ子

あけまして おめでとうございます。
今年は、再生や永遠を表す、と言われている蛇年ですね!
わたしは、昨年ついに後期高齢者の仲間入り。これを機会に、古い皮を脱ぎ捨て、新しい「わたし」で前進しようと思います。
さて、年の初めは「干支」の話からいきましょう。
日本でよく語られる十二支の動物の順番が決まるお話です。
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シベリアっ子の手記

アントン・ミルチャ

原文のロシア語は、訳文のあとにあります。

日本で初対面の人に「どこから来ましたか」と聞かれて、ボクがロシアだと答えると、それに対する反応はほとんどの場合、「寒いでしょうね」だ。 そこでボクは、ロシアは広い国だからいろんな気候帯がある(そう、日本と同じように)と説明を始めるのだが、そのあとで結局、実はシベリア出身でそこはとても寒い土地なのだと認めるのだ。 “シベリアっ子の手記” の続きを読む

「ユーラシア放浪」4ハンガリー

ハンガリーの友人たちの思い出               
畔上 明

日本を離れて6週目となる1976年4月30日、ハンガリーに入国しました。
ハンガリーは、9世紀にウラル語族の遊牧民マジャル人が東欧スラヴ圏中央部の平原に割込むように移り住んで成立した国。現在の国土は日本の4分の1という小国ながらヨーロッパの臍ともいえる場所を占めています。 “「ユーラシア放浪」4ハンガリー” の続きを読む