【フェイルーズの大地】 エジプト/シナイ半島
中村小夜(Saya)
その半島はフェイルーズの大地と呼ばれていた。「フェイルーズ」――アラビア語でトルコ石。深い青色をしたこの石は、透明感もなく光沢もない。しかし、その鮮やかな青の中には、かつて砂漠のベドウィンたちが思いをよせたオアシスが封じ込められているのかもしれない。
“世界の彷徨い方 2” の続きを読む

「大きな木の家を作って、みんなで語り合いましょう」、そう夢見たピロスマニに心を寄せて
【フェイルーズの大地】 エジプト/シナイ半島
中村小夜(Saya)
その半島はフェイルーズの大地と呼ばれていた。「フェイルーズ」――アラビア語でトルコ石。深い青色をしたこの石は、透明感もなく光沢もない。しかし、その鮮やかな青の中には、かつて砂漠のベドウィンたちが思いをよせたオアシスが封じ込められているのかもしれない。
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「何もかも分かるようにはできていない」
~『谷間』~
渡辺聡子
今回取り上げるのは、『谷間』(1900)という作品に登場する老人の言葉です。最下層に生きる人々の優しさや、厳しい人生を通して培われた知恵に励まされます。
“チェーホフの言葉 第3回 ” の続きを読む
大人が読む少年少女世界文学全集 第6巻
狩野香苗

◆記憶はあてにならない……
今回ご紹介する『少女パレアナ』は、私が子ども時代に一番影響を受けた本であり、大好きなお話だったので、約45年ぶりに読み直すのをとても楽しみにしていた。
“エレナ・ポーター作『少女パレアナ』” の続きを読む
桑山ひろ子
「暑い! 外出はやめたやめた!」と家にとじこもっているうちに、早いものでもう9月半ばだ。天気予報によると、まだまだこの暑さは続くという。昔の感覚から言えばとうに秋なのだが、ぎりぎり滑り込みで納涼譚はどうだろう。
“猫とかぼちゃ~伝承こぼればなし” の続きを読む
片山ふえ
わたしは末っ子である。
それも、姉たちとは10歳ほども年がはなれた「すごぶるつきの末っ子」なので、わたしがいくら馬鹿なことをしても、家族は「仕方ないよね、ふーちゃんは小さいんだから……」と笑っていた。「ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ……」と書いたのは賢治さんだったが、わたしはまさに「ホメラレモセズ クニモサレズ」、末っ子の座にのうのうと安住して育った。
“おとうと” の続きを読む
畔上 明
半世紀昔の旅日記を読み返しているうちに、更にそれよりも10年さかのぼった10代半ばの中学生時代の記憶が蘇えってきました。
0.999…という小数点以下の9が永遠に続く数字を考えると、1との差がどれほどになるかマイナスしてみたならば0.000…と小数点以下の0が無限に続くことになります。果てしない数の連なり0.999…が結果的にはイコール1となることに気が付き、1という数字が永遠と隣合わせにあると感じ入ったものでした。それからというものの、無限という考えに憑りつかれるようになった思春期の思い出です。
“ユーラシア放浪 ⑥イタリア・オーストリア” の続きを読む
片山通夫
京都・東山のふもとの、若王子神社と銀閣寺を結ぶ「哲学の道」。京都大学が近く、かつて西田幾多郎博士らがここを散策しながら思索にふけったから、この呼び名がついたと言われる。昨年、秋が深まりゆくころに、この道を撮った。桜や紅葉のころには人があふれる小道も、おちついた貌を見せていた。 “PHOTO 哲学の道” の続きを読む
フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』によせて
吉水法子
めまぐるしく展開する時間の変化に追われて筋を追うのが精一杯。読み終わったものの最後までその世界に馴染めず、おぼろげな絵のイメージは掴んだのもののなんだかモヤモヤ・・
不思議なことですが、二度目に読んだときは、トムが月の光に浮かぶイチイ木の枝をかきわけるように、お話の中にどんどん入り込んでいきました。そこには少女時代も、成長しても魅力的なハティがいつも待っていたような気がします。
「かわらないものなんて、なにひとつないものね。わたしたちの思い出のほかには。」 “吉水法子の貼り絵の部屋 5” の続きを読む
桑山ひろ子
中国では、「月下老人」という神がいて、赤ん坊が将来誰と結婚するかを決めて、決して切れない赤い縄で足首と足首を結び付けるという。
“赤い糸の説話” の続きを読む
アントン・ミルチャ
ロシア語の原文は翻訳の後にあります
この4月に身体をこわした。そう、まさに一年中で一番麗しい月に。寒さが和らぎ、桜がたおやかに咲き、明るい春の色が毎日目に飛び込んでくる4月。この時期にこそ元気いっぱいで人生を謳歌したいのに。
“健康の有り難さ” の続きを読む
旧ユーゴスラヴィア
畔上 明
「オリエント急行」に揺られて16時間、ハンガリーから東南東のルーマニアへとやって来たのは1976年5月4日の昼、横浜港出航からは40日目のことでした。そして首都ブカレストに7日間、ブルガリアの首都ソフィアに6日間滞在、5月16日にはソフィアから「イスタンブール急行」でユーゴスラヴィアへと入国しました。 “「ユーラシア放浪 ⑤」” の続きを読む
片山通夫
「閑谷(しずたに)学校」は、岡山藩の名君・池田光政公が庶民も学べる場所として1670年に閑谷村に開設した学校で、「世界初の庶民のための学校」といわれている。庶民の学校だからと、寺子屋などをイメージすると吃驚する。壮麗な建物は隅々まで考え抜かれて造られており、実に行き届いた教育制度がしかれていたという。この学校のことを調べるにつけ感じ入るばかりで、昔撮った写真をまた引っ張り出してみた。
“PHOTO 閑谷学校” の続きを読む